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1: デンジャラスバックドロップ(大阪府)@\(^o^)/ 2015/03/08(日) 08:51:41.46 ID:5kRd8vJv0.net BE:711292139-PLT(13121) ポイント特典
 第2次大戦が終わってから70年。ドイツは「過去への謝罪」の成功例とされるが、実際には冷戦構造などが重荷となって戦後の歴史認識は迷走した。
戦後史をひもとけば悩みながら時間をかけて和解を進めた欧州の実情が浮かび上がる。

 戦争責任の直視を訴えたドイツのワイツゼッカー元大統領が死去した1月。間髪入れずに隣国ポーランドのコモロフスキ大統領がベルリンに打電した。「和解が進んだことに感謝しています」

 国土を踏みにじったにもかかわらずポーランドと蜜月のドイツ。住民同士のわだかまりも薄れた。だが、ここに至るまでは曲折の連続だった。

 戦後すぐに始まった「非ナチ化」は、中途半端に終わった。占領軍の指揮下で公的部門などからナチス関係者を排除しようとしたが、冷戦が始まり米国が方針を転換した。
ドイツを共産圏に対する防波堤として活用するため、専門知識を持つナチス党員が重職に復帰することに目をつぶったとされる。「過去に沈黙」の時代だった。

 ドイツが再び過去に向き合い始めたのは1960年代にアウシュビッツ強制収容所での残虐行為が明らかになってからだ。政界がすんなり納得したわけではない。
右派議員が自虐史観に異を唱え、どこまで懺悔(ざんげ)が必要なのかと議論が巻き起こった。

 そこに登場したのがワイツゼッカー大統領だった。「若者も責任を負う」。戦後政治の金字塔となった85年の演説では、ドイツが永久に戦争謝罪を続ける覚悟を示した。
しかもユダヤ人だけでなく、ポーランドやソ連の犠牲者にも言及した。これで曲折を続けた歴史観の方向性が固まった。

 その基本線はメルケル政権にも受け継がれている。それどころか「反省」をさらに深掘りし、第1次大戦や19世紀の普仏戦争にまでドイツに非があると認めるのが最近の潮流になってきた。

続く
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM07H2D_X00C15A3FF8000/?dg=1

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